駒井沢にお住まいの三上幸さんを中心に素晴らしい計画が実行されました。

それは昭和13年に笠縫小学校を卒業した方たちの70年目の同窓会でした。

三上さんの呼びかけで、女性2名、男性5名が出席、去る4月24日、懐かしい学舎に集まって同窓会を開きました。

昭和7年(1932)入学の時は男子43名女子44名総勢87名だったとのことです
 

一口に70年といいますが、第二次世界大戦、戦後の混乱期、高度成長と激動の時代を生き抜き、既に傘寿(80歳)を迎えられた方々が元気で集まる・・・本当にお目でたいことだと心からお祝い申し上げます。

大変な人生を過ごしてこられたことと思いますが、その時代を少し振り返ってみたいと思います。
皆さまが小学校に入学された昭和7年は歴史に残る大きな事件が次々と発生した時でもありました

・桜田門事件(1月8日)
・上海事変勃発(1月28日)  
・満州国建国を宣言(3月1日)
5・15事件(5月15日)海軍青年将校ら9人が首相官邸に乱入し、 犬養首相を  射殺
・白木屋で出火(12月16) 

また、昭和9年(1934)9月21日、3年生の時に、室戸台風が近畿地方を襲い、大きな災害をもたらしました。
笠縫小学校では、校長命令で児童全員を机の下に避難させたのですが、風雨が強まる中、2名の児童が恐怖から廊下に走り出し、それを止めようとした田中先生が、両脇に児童をかかえたまま、落ちてきた梁木の下敷きになり尊い命を落とされたのです。田中先生に守られた2名の児童は無事難を逃れ、その中の1名は、後、山田小学校の教諭として奉職されたとのことです。

このような、心に残る70年前の出来事を集まった7名の人たちは、つい先日の事のように熱く語り合ったとのことです

三上さんが大事に残していた当時の国語の教科書も披露され、戦争へと向かいつつあった日本の姿を映し出すような内容が多い中で、平和な人々の営みをうかがうことのできる文章がありましたので、紹介します
皆さんが卒業した昭和13年(1938)は中国での戦争が激しさを増し、国家総動員法が発令され、東京オリンピック返上など、国際社会から孤立し、軍国主義一色に塗りつぶされていく時でした。

三上さんたちが卒業した年の70年前は、元号が明治に改められ日本が近代国家としてスタートを切った年。そして卒業から70年目に笠縫小学校で同窓会を開くことができたこと、70、70の重なりになにか因縁を感じ、誇りにすら思えると話しておられました。


今回同窓会を開かれた皆さまをはじめ多くの人々を送り出してきた笠縫小学校は、明治7年 (1874)にその前身となる広智学校が川原に誕生、以来135年の長い歴史を誇ります。明治23年 (1890)に尋常科川原小学校を笠縫小学校と改称してからでも118年、長い歴史が笠縫小学校で学んだ人々と共にあったのだと改めて深い感銘を覚えました