みのり会お多賀さん詣で

上笠
伏木武照



上笠4丁目老人クラブ(みのり会)の善男善女24名、若葉が芽を吹きかけた卯月4月長寿の神様お多賀さんにお参りしました。
バスにゆられ、ゆるやかに季節が移ろう近江路を楽しみながら、親交を温めあいました。門前の糸切り餅を横目にまずはお参り「20年と言わず30年40年の寿命をお授けください」

900年前と今とでは大違い90歳が当たり前の時代になってきたのですから・・・・・?
お昼は、井伊直弼と共に波乱の生涯を送った村山たか女の生家「不二家」で長寿そばをいただき、近江商人発祥の地五個荘に寄り帰路につきました。
“古事記”に、「伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)は淡海の多賀に坐す」と書かれています。神代の昔、伊邪那岐大神は杉坂山(多賀大社の東側、三重県境近くにあります)に降臨され、麓の栗栖の里(くるすののさと)でお休みになった後、多賀にお鎮まりになったと伝わっています。平安時代には公家の信仰も篤く、鎌倉から江戸時代にかけては、武家もこぞって信仰し、古文書や寄進された品々が多く残されています。
後白河法皇より、焼失した東大寺復興の命を受けた俊乗坊重源上人(しゅんじょうぼうちょうげんしょうにん)は、この時年齢が60を過ぎていたことから、事業成就のため多賀大社に17日間参籠してひたすら莚命を祈りました。満願の日、柏の葉が1枚上人の前に舞い落ち、これれに「莚」という字のように見える虫食いの穴がありました。
草かんむりは、十を2つ並べて書くことから、上人はあと20年の命を授かったと喜び、建久6年に東大寺大仏殿再建を成し遂げたと言われています。
以来、お多賀さんは莚命長寿の神様として、広く人々から信仰されるようになりました。


下の画像をクリックするとスライドショーが見られます。スライドショー画面に入ったら右下にある「スライドショー」の文字をクリックして下さい。スライドショーが始まります