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古 代(古墳・飛鳥・平安時代初期)

中      世
近     世
近       代
現     代
年 号 年 代 地 区 事         象
古墳時代

 笠氏がこの地域を統治していた
大化元年 670 上 笠  天神社 勧請する
白鳳4年 676  智厳寺 創設 ・ 正三明神 勧請する


新 堂  大悲寺 建立される
白鳳10年 682 上 笠  上之笠堂が建立される
大宝元年 701 下 笠  下之笠堂 西照教寺が建立される
慶雲元年 704 下 笠  下笠の明神 降臨される


野 村  安羅神社 勧請する
和銅4年 711 川 原  天神社 勧請する
延暦23年 804 野 村  東光台寺 建立される


    

中  世 (鎌倉・南北朝・室町時代)


古     代
近     世
近       代
現     代
年 号 年 代 地 区 事         象
建久の頃 ~1193~ 笠 荘  栗太郡が南郡・北郡に二分割され、笠荘は北郡に所属した
健保 6年 1218 平 井  神託を蒙った佐々木信綱が熊野権現宮を紀伊国熊野より観請する
嘉禎元年 1235 下 笠  天台宗 順光寺が真宗に転派し再興する
文保 2年 1318 駒井沢  八幡神社 大将軍神社 歓請する
新 堂  日吉社 観請する
建武 2年 1335 駒井沢  三蓮寺 創設される
正平 2年 1347 下 笠  足利尊氏が下笠郷地頭職などを日吉社に寄進する
観応 2年 1351 上 笠  天神社に管公(菅原道実)を相殿合祀し、天満天神社と改称する
応永元年 1394  駒井高郷が駒井ノ庄を領する
応仁 2年 1468 下 笠  応仁の乱に際し、下笠氏が東郡 六角政尭に属して捕らわれる
文明 3年 1471 下 笠  足利幕府が下笠氏らに、六角高頼の討伐を命ぜられる
新 堂  光闡寺創設される
文明 9年 1477 下 笠  西光院 創設される
文明13年 1481 上 笠  皇室領上笠村では、火切餅の所務職を応仁・文明の大乱中に六角高頼勢に押領される
長享元年 1487 上 笠  将軍足利義尚が六角討伐に際し、浦上則宗が正覚寺に陣営を構える
明応 5年 1496 上 笠  笠之堂医王寺 法明坊跡に 笠道場(西教寺の前身)を創設する
永正 9年 1512  大内義興の乱で阿弥陀寺が焼失する
享禄 2年 1529 川 原  天神社の鰐口が制作される
天文 9年 1540 上 笠  宗円寺 創設される
   19年 1550 下 笠  西照庵が下笠氏と青地氏の戦火で焼失する
   23年 1554 下 笠  専崇寺 創設される
永禄 2年 1559 下 笠  光林寺 創設される
    6年 1563 平 井  平井加賀守基綱が平井地域の領主となり開発事業に着手する
    7年 1564 下 笠  専念寺 創設される
    8年 1566 下 笠  下笠城が青地氏に攻められ滅亡する
元亀元年 1570  正三神社が兵火のため焼失する
下 笠  下笠など15ヶ村、一向一揆で石山本願寺を支援する
    2年    1571 上 笠  正覚寺が兵火のため焼失する
下 笠  専立寺 創設される
    3年     1572 川 原  最勝寺 真宗に転派し 再興する
駒井三郷  駒井沢・新堂・集・穴村惣代が、佐久間信盛の要請により起請文を書く
天正元年 1573  駒井城が織田信長に攻められ落城する
    7年 1579 平 井  熊野宮が兵火のため焼失する
    8年 1580 駒井沢  光明寺 創設される
    9年 1581 平 井  平井加賀守基綱が開発事業を完遂して一邑を成し 平井村 と命名する
   16年 1588  永秀院 創設される
   18年 1590 野 村  天台宗 東光台寺が真宗 仏光寺派 に転派し創設される
慶長 2年 1597 野 村  天台宗 西円寺が真宗 仏光寺派 に転派して、円光寺 と改称し再興する


近  世(安土 桃山 ・ 江戸時代)

古     代
中     世
近       代
現     代

年 号 年 代 地 区 事         象
慶長5年~
上 笠  「講踊り」此のころから始まる
   14年 1614 上 笠  大久保忠隣が蟄居される
元和 8年 1622 平 井  長善寺 創設される
    9年 1623 下 笠  宗栄寺 創設される
延宝 4年 1676 川 原  天道神社が分祀される
    5年 1677 上 笠  天道神社の分祀に伴い、上笠村が上笠中村・野村・川原村と分村する
  ~8年 1680 野 村  明光寺 創設される
元禄 7年 1694 全 村  草津宿助郷制により助役を課せられる
   11年 1698 野 村  大仲寺  創設される
宝永 2年 1705 下 笠  「おかげまいり」のため、矢橋の渡しで船が足りず、下笠から船31隻・水夫61人が出動
享保 8年 1723 下 笠  下笠・志那の百姓が長手魞場に関して相論となり、京都町奉行所へ訴訟する
   19年 1734  北大萱 天台宗 阿弥陀寺を集の現在地に移転し再建する
宝暦11年 1761 下 笠  「太陽の子」 横井金谷 生れる(~1832)
安永 6年 1777 新 堂  宝蔵田に石斧が発掘される
天明2年~ 1782 下 笠  「さんやれ踊り」 此のころから始まる
    3年 1783 下 笠  七条浦付近で石斧が発掘される
享和元年 1801 川 原  暦・算学者 川那邊願了 生れる(~1874)
天保 7年 1836 野 村  米の凶作減収を理由に助郷10年間休役を願い許される
   11年 1840 駒井沢・集  一町溝の門桶築造を巡り訴訟する
   14年 1843 駒井沢  戒定院 創設される
慶応 3年 1867 全 村  助郷 徴発加担が半減となる


近  代(明治・大正・昭和第二次世界大戦終戦まで)

古     代
中     世
近     世
現     代
明治2年 (1869)
明治新政府は、祭政一致を政治の理念に掲げ、新道国教政策を推進するため各社寺仏閣に「社寺取調書」の提出を全国的に命じ、各社寺は調査書を作成し提出した
草津川が決壊大きな被害が出る
明治3年 (1870)
王政復古の令により、大政奉還の事実として領有していた各幕領や藩領の版籍を奉還して大津県(翌年 滋賀県)に属した
 9月 国民全員に名字を名乗る許可が出る
明治4年 (1871)
新道国教化の方針に基づき、神仏分離の令 と 廃仏毀釈運動に遭遇して、寺院・仏像などが神社より分離あるいは破壊・焼失された。笠縫地域に関わる社寺は次の様である

   
      鎮座地  現社名   旧社名         本地仏
    
    野村  安羅神社  安羅大明神社   本地堂 大日堂
    平井  熊野神社  熊野権現宮     本地堂観音堂 本尊観音菩薩
    川原  天神社    天道神社       宮寺神護寺
    集    正三神社  正三大明神     智厳寺 十一面観世音菩薩
    下笠  老杉神社  牛頭天王大明神  大明 神社(天王宮)
 1月 東京~大阪間に郵便が通じる
 3月 草津郵便(三級)取り扱いが始まる(草津駅伝馬所と名付けられる)後に郵便局舎ができる(写真は大正末期)
明治5年 (1872)
地方制度の区制により大津県が滋賀県と改称され、地方行政組織確立のため村の統合や町村制施行へとめまぐるしく移り変わる。行政上の区制が施行され、栗太郡は 112村が1~8区に区分される

             
                       笠縫地域は      
第6区      大門村・横江村・古高村・長束村・上寺村・十里村・
          小平井村・集村・新道村・駒井沢村・川原村・野村・
          平井村・上笠村(14ヶ村)

第7区      志那村・志那中村・片岡村・下寺村・下物村・
          芦浦村・穴村・北大萱村・下笠村・北山田村・
          山田村・木川村(12ヶ村)  
1月 大津県を滋賀県と改める
 3月 山田港を開設、定期船の運航を始める(撮影は昭和10年頃)
 5月 品川ー横浜蒸気鉄道開通(仮営業開始)
9月 新橋ー品川が開通、新橋ー横浜間で正式営業が始まる
明治6年(1873) 9月 滋賀・犬上・両県が合併し、現在の滋賀県が成立する
明治7年 (1874)
新政府は明治5年(1872)国民皆教育を大方針に小学校義務教育の方針を打ち出した。これによって笠縫地域の教育施設として次のように学校が開設された

                 
校名 所在地 地域
広智学校 川原 川原村・上笠村・平井村・小平井村・野村の
5ヶ村組合立
貫斎学校 十里 駒井沢村・集村・新堂村・十里村の4ヶ村組合立
        
                                          
栗太郡の人口 41,400人

この年の米価 一升10銭となる
明治8年(1875)
明発学校 下笠寺内 下笠全域(明.14~明.41 北出に移転)
明治9年  1月 全国人口調査実施される。総人口34,338,400人・栗太郡109ヶ村ー9,634戸ー42、422人 
明治10年 (1877)
神道国教化によって、神社社格制定に準じ下記の神社が 村社となる

      
老杉神社(下笠)  天満宮(上笠)  正三神社(集)
天道神社(川原)  安羅神社(野村)  熊野神社(平井)
明治11年 (1878)
村誌編集に際して、地域に縁のある村名として『笠 縫』と命名される

米価一升5銭に下落
 8月 大津ー京都鉄道工事始まる
明治12年 (1879)
 コレラが葉山川上流に発生し、その流域に伝染流行して、学校が休校となる
 2月 東京で電灯がつく
 6月 草津警察署を草津3丁目島田氏邸に置く
明治14年(1881)  7月 栗太野洲郡役所を草津村に置く
明治16年(1883)
天気予報が開始される

大干ばつで被害が出る
明治18年 (1885)
連合戸長役場制が施行され、川原村に役場を設置する

栗太郡内で麻疹大流行(県内で685名の死者がでる)
明治19年 (1886)
尋常科下笠小学校と簡易科川原小学校が開設される。簡易科川原小学校は、川原・上笠・野村・平井・小平井
駒井沢・新堂・集の8ヶ村、新堂村は芦浦小学校、または志那中村立花小学校で学ぶ。
高等科草津小学校が開設される。上笠・下笠・川原・平井・駒井沢・集・野村が進学する
 2月 草津川トンネルが完成し、大路井新道もできる
 5月 山田道改修工事完成、巾3間となる(工費5,782円)
明治20年(1887)  1月 東京で送電・点灯が始まる
 2月 草津警察署新築工事完成
明治21年 (1888)
簡易学校を下笠へ、尋常科を川原に変更する
明治22年 (1889)  4月
町村制施行により上笠村・野村・平井村・川原村・駒井沢村・新堂村・集村・下笠村の8ヶ村が合併して『笠縫村』が誕生する。
町村制成立に伴い、始めての村会議員選挙が行われる。人口 100名に付いて1名   笠縫村 定員 11名
町村制施行により、15町村を統合して『栗太郡』とする

         15町村は下記の町村を云う。
草津町・大石村・下田上村・上田上村・志津村・金勝村・治田村
大宝村・物部村・常盤村・笠縫村・山田村・老上村・瀬田村

簡易学校下笠小学校を廃止する。
 2月 大日本憲法が発布される
 7月 国鉄 東海道線 が全通し、草津駅が完成して地域住民の生活圏が拡大する。
明治23年 (1890)
尋常科川原小学校 を 笠縫小学校 と改称する。高等科は 栗太高等小学校 の組合に編入する

草津ー柘植 鉄道開通
明治24年 (1891)
小学校を統合し、川原小学校を 尋常科笠縫小学校 本校 とし、下笠小学校を 分教場 とする。
笠縫村の小作一同は不作のため、小作科減額を地主に要望し争う。(反当り収穫 3~4表 1石に対し1斗5升の減額で解決)
明治25年 (1892)
苅原・笠川・小平井は物部小学校区に改められた。本校を 笠縫東尋常小学校、分教場を笠縫西小学校として二校独立する
明治26年(1893)
草津に始めて病院が開設される(谷口医院)
明治27年(1894)
笠縫、常磐で赤痢が流行し78人が死亡する
明治28年 (1895)
笠縫村役場が 上笠 に竣工する。(撮影は昭和29年、創建当時のものかどうか、どの程度改築されているのか、定かではない)
集地先の葉山川堤に 隔離病舎(3棟 14室) が建設される
明治29年 (1896)
9月、大水害のため 下笠 全戸 上笠民家 9分通り が浸水し、避難する。 水深 12.3m 浸水家屋 425戸、冠水田畑348町
明治30年(1897)
凶作のため米価が暴騰する
8月 栗太銀行が草津町に開設される
明治32年(1899)  2月 東京ー大阪長距離電話が開通する
明治35年 (1902)
下笠・大路井間(3.3km)の 下笠道 が開通する。未開の当時は草津川堤防の草分け道を往来していた
明治38年 (1905)
日露戦争によって、笠縫村から出征された犠牲者 7名を出す
明治39年(1906)
大津で電話が開設される
明治40年 (1907) 6月
笠縫村の小作一同は不作のため、小作料減額を再度要求し翌年まで地主と争う
明治41年 (1908)
東西両学校が合併し、高等科を併設して 笠縫尋常高等小学校が誕生する。(但し1年間仮校舎 西教寺 で学ぶ)
10月 草津で電話工事始まる
明治42年 (1909)
笠縫尋常高等小学校が上笠の現在地に建設され移転する
明治43年(1910) 10月 草津で電話の運用が始まる(加入数22戸)
明治44年(1911)  1月 栗太郡に送電が開始される
4月 草津町内に電灯工事完成
明治45年 (1912)
9月22日、暴風雨のため教室1棟25間が倒壊する
 7月 明治天皇崩御
12月 立木神社火災で二棟全焼する
大正7年 (1918)
第1回 栗太郡小学校連合運動会 が木ノ川グランドで挙行された。(昭.15.第28回まで開催されたが戦争のため菜園に転用さる)
大正12年(1923)  9月 関東大震災が起こる
大正13年(1924)
草津で初めての活動写真(映画)の常設館が出来る・大正座
大正14年 (1925)
上笠の小作60人が地主12人に対し、60%の小作料減額要求をして争議となり、郡長や県小作官の協議によって30%減額で調停し解決する
 3月 東京放送局が開局される
 6月 大阪放送局が開局される
大正15年(1926) 12月 大正天皇崩御される
昭和初期
コンクリート工法で作られた草津川橋の渡り初め

映画専門館として誕生した文栄座(撮影は昭和29年)
昭和2年 (1927)
笠の小作者82名は地主13名に小作料減額を要求し、調停法外により12.6%減額で成立し問題解決する。
下笠菊花組合が設立され、切花用露地キクの共同栽培と販売が盛んとなる
昭和4年 (1929)
昭和天皇後即位の御大典記念として、渋川・野村地先に競馬場が建設される。(昭.16.戦時となり廃止、軍需品格納所と化す)
昭和5年(1930)
経済恐慌のあおりを受け栗太銀行が解散する(写真は大正5年に新築された同行大路井派出所)
12月 本町歳の市の賑わい
昭和9年(1934) 9月 室戸台風で市域20名の犠牲者が出る。山田小学校も倒壊甚大な被害を被った
昭和10年
現在の位置に新しい国道1号線が完成、草津川にトンネルが造られる
昭和13年(1938) 7月 夕刻豪雨のため草津川が氾濫
豪雨災害の後の復旧工事
昭和14年(1939)  9月 第二次世界大戦勃発
昭和15年(1940)
山田港、湖岸よりに移転する(撮影は昭和30年頃)
昭和16年 (1941) 3月 下笠の小作97名は地主54名に対し、小作料改訂などを要求する。調停委員会は両者互譲を説き、大津地裁調停により、田の等級別に10.2 ~ 17%の減額を5年間認め、その後は両者の協議によるものと終結する。

戦時体制教育も活発化し、小学校の名称も 笠縫国民学校 と改称される。(撮影は昭和30年頃)
夏、野村・下笠地区で腸チフスが流行し、20人余りが入院する
12月 真珠湾攻撃が始まり太平洋戦争へと突入
昭和17年 (1942)
笠縫・山田・常盤三か村組合立弾正青年学校が開校される

彦根放送局が開局、草津でもラジオ受信が可能になる
昭和19年 (1944)
大阪空襲爆撃の被害から人命を守るため、学童集団疎開を受けいれる。(昭.19/8 ~ 昭.20/9)

川原 最勝寺 30名     下笠 弾正青年学校 40名
野村 明光寺 20名     下笠 順 光 寺     40名
昭和20年 (1945)
第2次世界大戦は敗戦となり、笠縫村より出征した戦病死者は177人に及んだ


現 代(第二次世界大戦終戦以降・平成現在まで)

古     代
中     世
近     世
近     代
昭和21年 (1946)
笠縫村で「農地改革の為の一筆調査にかかる説明会」を開催して理解を深め啓蒙する
要点事項  自作農への売渡し限度基準は52%とする。事情により60% ~ 70%を限度とする 。この結果、自作農は 155戸 → 381戸 小作農は 114戸→18戸となる
昭和22年(1947)
笠縫国民学校が、笠縫小学校と改称する。

新教育制度により6.3.3.制と学制が改革され、下笠に、笠縫・山田村組合立松原中学校が開設される。(昭和26年に落成した校舎、撮影は昭和29年頃)
5月 日本国憲法施行
草津市内の学校にPTAが誕生する
学校給食制度が本格化する
昭和23年(1948)
笠縫村に教育委員長が置かれる

新制高校制度が始まる
昭和25年(1950) 1月 1000円札が発行される
5月 生活保護法が施行される
9月 ジェーン台風で草津川が決壊大きな被害が出る
昭和26年(1951) 5月 児童憲章が施行される
11月 昭和天皇が農業試験場に行幸される
昭和27年 (1952) 10月 笠縫村で滋賀県下、初の村長リコール運動が発生し、翌年二分したリコール問題は村長敗訴により更迭される
昭和28年 (1953) 2月 テレビ放送始まる
9月 水害で山田村大きな被害を受ける(浸水家屋1,043戸)
10月 笠縫小学校で、生産教育研究大会が開催される
昭和29年(1954)  9月 市章決定 
10月 草津町、志津村、老上村、山田村、笠縫村、常盤村合併により
市政施行(31,853人)、草津市発足時の市域航空写真
昭和30年(1955)  4月 草津市社会福祉協議会発足
 5月 笠縫・常盤幼稚園開園
中央・志津・老上・山 田・笠縫・常盤公民館設置
10月 第8回国勢調査全国人口89,275,529人

笠縫公民館、旧建物を解体し新築される

草津競馬に変わり人気を集めた「草津川馬駆け」
昭和31年(1956)  4月 市立家庭高等女学校開校
志津幼稚園開園
 9月 栗東町から渋川地区編入
11月 東海道本線(京都-米原)電化完成

松原中学校体育館竣工
昭和33年(1958)  3月 草津小学校で完全給食開始
4月 笠縫小学校本館落成、当時の航空写真 笠縫から山田方面を望む
 7月 市庁舎新築移転
昭和34年(1959)  4月 山田幼稚園開園
8月 13号台風で全域に大きな被害が出る
昭和35年(1960)  1月 市立家庭高等女学校を野村町に移転
 8月 草津市商工会発足

明治以来使用されてきた草津駅舎が増築される(撮影は昭和40年頃)
昭和36年(1961)  4月 上水道工事開始
昭和37年 (1962)
野村に公営住宅団地が建設される(工費2,120万円)
昭和38年(1963)
草津を除く5農協が合併し、上笠町に本部を設置して草津市農業協同組合が発足する
守山中学校 三和分校(常盤学区)が、松原中学校に統合する
 1月 湖南衛生プラント組合設立 湖南衛生プラント建設の反対運動を 集 周辺6ケ町が騒ぐ。その紛争のため、反対地域(北大萱・穴村・新堂)に公害補償金を支払う事で完全解決となる
7月 松原中学校本館落成する
11月 第1回草津市美術展覧会開催
昭和39年(1964)  4月 上水道一部給水開始
市農協有線放送直結工事完成
 7月 新住居表示実施
10月 10周年を記念し草津市民歌制定
国鉄新幹線開通
12月 第1回市民文化祭開催
昭和40年(1965)  3月 草津消防署発足
 7月 消防庁舎建設
8月 笠縫小学校プール竣工する
10月 集町に湖南衛生プラントが完成し、操業開始する
国勢調査実施、全国人口98,274,961人草津市人口38,328人
昭和41年(1966)  4月 文化財保護条例制定
 5月 草津市体育協会設立
 6月 電話ダイヤル即時化
 7月 草津市に上水道が完成して日常生活に潤いをもたらす
 8月 草津用水起工式
昭和42年(1967)  4月 県内初の橋上駅として草津駅完成
中央幼稚園開園
 5月 市民憲章制定
駅前広場完成
11月 大阪ガス彦根営業所竣工
12月 草津市の人口40,299人
草津市域848戸に都市ガス(プタンエアガス 7A 7000kal)供給開始
昭和43年(1968)  4月 草津駅西口完成。写真は昭和41年撮影の野村から草津駅方面を望むもの、まだ西口は造られていない
笠縫小学校の3階校舎竣工
 6月 第1回歩こう会実施
7月 郵便番号制発足
昭和44年(1969)  1月 野々花霊園完成
 3月 国鉄草津駅西口広場が完成し、笠縫地域住民の通勤が便利になり、歓迎される
 4月 第1回宿場まつり開催
老上幼稚園開園
10月 第1次総合開発計画策定
大阪ガス湖南営業所開設
11月 草津・栗東少年センター開設
昭和45年(1970)  1月 草津総合開発計画策定
 2月 湖南消防組合発足
 3月 国鉄草津・京都間が複々線化完成し、京阪神への通勤が便利になり、地域発展の兆しとなる
 5月 市民会館完成

新葉山川 河川工事に着手する。 延長 1200m  幅 30m   
野村南部・川原南部でミニ開発が活発に行われる
昭和46年(1971)
草津市域の草津用水改良工事が完成
 3月 込田児童公園完成
 6月 野村潅漑用水溜池を埋め立て、市民総合運動公園が設営される
昭和47年(1972)  2月 草津用水完成
 4月 市庁舎増築
 7月 県道山田草津線立体交差橋完成
 9月 草津、栗東消防署が統合し南消防署開設
10月 草津商工会議所設立

笠縫地区に大阪ガスによる都市ガスの供給開始
昭和48年(1973)  4月 草津小学校を分離し、草津第二小学校開校
家庭高等女学校を草津女子学園と改名
勤労青少年ホーム完成
 9月 学校給食センター完成
昭和49年(1974)  1月 山田小学校現在地に移転
 3月 公共下水道事業開始
 8月 「草津宿場史」発刊
 9月 近江大橋が開通

下笠井ノ元浦に、カントリーエレベーターが設置される。処理能力規模「籾2,000t」2基
昭和50年(1975)  1月 山寺工業団地造成完了
 4月 上水道第2次拡張事業開始
10月 大阪ガス湖南営業所を湖南支社と改称

圃場整備 幹線農道(湖岸農面道路)が開通する

新葉山川 河川工事が竣工する

笠縫小学校「創立100周年記念式典」並びに行事が開催される
昭和51年(1976)  3月 馬場工業団地造成完了
 4月 高度農業生産モデル事業開始
10月 プラスチックごみの再生処理工場稼働
12月 「野路の玉川」野路町の手により復元整備
昭和52年(1977)
野村町・川原町にわたって 12.5haに及ぶ草津グリーンハイツが開発される
 4月 清掃工場操業開始
笠縫公民館新築
老上小学校を分離し、玉川小学校開校
大路幼稚園開園
 5月 野村運動公園西側に、市民体育館が完成する
 7月 志津幼稚園を現在地に移転
11月 矢橋人工島造成工事開始
玉川幼稚園開園
昭和53年(1978)  2月 志津公民館新築
 4月 「草津市史編さん」開始
社会人口増のため、笠縫小学校が分離し、平井町に笠縫東小学校が開校される
草津小学校を分離し、矢倉小学校開校
県立草津東高等学校開校
 6月 常盤農業者研修センター完成
学校給食で米飯給食開始(週1回)
 7月 草津市民の環境を守る条例制定
 8月 米国ミシガン州ポンティアック市姉妹都市提携
社会福祉センター完成
10月 草津・栗東休日急病診療所開設
滋賀医科大学付属病院開院
昭和54年(1979)  4月 草津中学校を分離し、老上中学校開校
小学校の分離に伴い、川原町に「笠縫東幼稚園」が開設される
草津女子学園を草津高等専修学校と改名
 6月 志津運動公園完成
 7月 第1回市民教養大学開催
 8月 全国高校総合体育大会開催
 9月 県立老人福祉センターロクハ莊完成
11月 勤労福祉センター・働く婦人の家完成
昭和55年(1980)  1月 草津線電化工事完成
 4月 社会人口増のため、松原中学校が分離し、新堂町に「新堂中学校」が開校される
教育研究所設置
 6月 県草津合同庁舎完成
湖辺一帯のほ場整備完成
 8月 第1回草津納涼まつり開催
10月 下笠地先に、湖南消防組合「西消防署」 が完成して業務を開始する(ソーラーシステム導入施設)
11月 滋賀心身障害者職業センター開設
昭和56年(1981)  1月 市の木「キンモクセイ」・市の花「あおばな」制定
 2月 草津八大名所決定
 3月 農業者トレーニングセンター完成
 4月 新草津市総合開発計画開始
草津第2公民館新設
 7月 草津公民館新設
8月 都市ガス種を天然ガス13A(11000kal)に転換完了
  9月 下笠町弾正池の一部を埋め、草津市立総合体育館が完成する
野村土地区画整理事業渋川区域に着手
10月 第36回国民体育大会種目別 ソフトボール、卓球の競技会場と指定され、競技並びに選手、役員宿泊受け入れに協力する。競技観覧に昭和天皇が、総合体育館へ行幸される
11月 第2次草津市総合開発計画策定
昭和57年(1982)  2月 コミュニティ防災センター完成
県立湖南農業高等学校開校
 4月 下水道供用開始
県立草津高等学校、県立湖南農業高等学校移転開校
琵琶湖湖南中部流域下水道浄化センター完成(一部供用開始)
 5月 笠縫東公民館新設
8月 まちづくり市民委員会発足
10月 香川県観音寺市と姉妹都市提携
昭和58年(1983)  4月 県立玉川高等学校、県立草津高等職業訓練校開校
矢倉公民館新設
 7月 市立図書館開設
行財政調査会発足

草津市立総合体育館で大相撲が挙行される
昭和59年(1984)   4月 (財)草津市コミュニティ事業団発足
草津中学校を分離し、高穂中学校開校
京滋バイパス市域開通
玉川公民館新設
12月 湖南衛生プラント第3次し尿処理施設完成
昭和60年(1985)  3月 山田公民館移転新築
山田庭球場完成
近江大橋4車線拡幅
 4月 山田公民館新設
 7月 デイ・サービス事業開始
ふるさと滋賀の風景を守り育てる条例施行
10月 野路小野山製鉄遺跡が国史跡に指定
12月 (財)草津市シルバー人材センター設立
昭和61年(1986)  2月 住民情報オンラインシステム稼働
 3月 高等専修学校廃校
 4月 老上公民館新設
 7月 「市長への手紙」ポスト設置
10月 コミュニティ・ケア・バンクスタート
昭和62年(1987)  2月 笠縫公民館増築
 4月 志津小学校を分離し、志津南小学校開校

この頃から公共下水道の共用が開始される
昭和63年(1988)  4月 常盤出張所移転新築
 7月 ロクハ公園開園
 7月 県立草津文化芸術会館開館
 8月 京滋バイパス全線開通
10月 「ゆたかな草津人権と平和を守る都市」宣言決議
10月 印鑑登録システム始動(県下初)
12月 平井町から琵琶湖岸に到る新葉山川堤防に、サンサン通り、ハミングロード開通

笠縫東小学校で、文部省指定 図画工作科・県社会福祉教育研究発表大会が開催される
昭和64年(1989) 1月 昭和天皇17日に崩御される
平成元年(1989)  3月 景観形成基本計画策定
 4月 「エルティ932」オープン
 4月 玉川小学校を分離し、南笠東小学校開校
平成2年(1990)  6月 隔週土曜開庁
10月 ごみ問題を考える草津市市民会議設立
12月 県道「矢橋・小島線」が市道下笠線と連繋し、草津・大津間が時間的に短縮なる

草津私立 新堂中学校区が文部省 同和教育推進地域事業研究の指定を受け、地域ぐるみ(幼・小・中・高・各種団体)で研究発表をする
平成3年(1991) 1月 大阪ガス供給所に湖南供給ガスフォルダー完成
 3月 大路・矢倉幼稚園廃園
 4月 第3次草津市総合計画(くさつハイ・プラン21)開始
 5月 中国上海市徐匯区と友好交流開始
 8月 笠縫東幼稚園を笠縫幼稚園笠縫東分園に変更
平成4年(1992)  1月  湖岸堤、管理用道路開通
サイクリング道路(3路線)全面開通
 3月 草津市史全7巻完結
 4月 老上中学校を分離し、玉川中学校開校
 4月 やまびこ教育相談室開設
 5月 新市庁舎完成
さわやか保健センター・草津アミカホール開館
ロクハ浄水場高度浄水施設完成
 7月 街道文化情報センター開設
12月 第1回Oh!湖草津マラソン開催
笠縫東小学校が、「全国教育美術展文部大臣学校賞」を受賞する
平成5年(1993)  6月 県立水環境科学館開館
 8月 県立長寿社会福祉センター開館
平成6年(1994)  3月 立命館大学びわこ・くさつキャンパス開学
サンヤレ踊りが国無形民族文化財に選択
 9月 南草津駅開業
長寿の郷「ロクハ荘」開館
10月 生涯学習大学開講
平成7年(1995)  4月 込田公園開園
 6月 人口10万人突破
平成8年(1996)  4月 草津宿本陣保存整備工事完了一般公開
草津駅前地下駐車場営業開始
 7月 水生植物公園みずの森開園
草津市人権擁護に関する条例制定
10月 県立琵琶湖博物館開館
リサイクルの館開館
平成9年(1997) 2~4月 災害時における相互応援協定5都市(別府市・摂津市・津山市・君津市・焼津市)と締結
 4月 草津市合唱組曲「草の津」完成
志津南公民館完成
 7月 草津市観光物産館「脇本陣」開館
訪問福祉サービス開始
 9月 群馬県吾妻郡草津町と友好交流協定締結
平成10年(1998)  1月 草津市環境基本条例施行
 4月 公文書公開制度開始
湖南広域行政組合設立
市民センターの開設(公民館に併設)
常盤小学校増築
笠縫東幼稚園開園
 5月 草津コミュニティ支援センター開設
 6月 地域協働合校推進事業開始
平成11年(1999)  2月 環境まちづくりフォーラム開催
 4月 草津宿街道交流館開館
第4次草津市総合計画スタート
南笠東公民館開設
平成12年(2000)  4月 個人情報保護制度開始
草津市ポイ捨て防止に関する条例施行
 5月 環境文化推進市民会議設立
 9月 草津グリーンスタジアム完成
平成13年(2001)  4月 なごみの郷開館
 6月 風力発電施設「くさつ夢風車」完成
草津まちづくり市民会議発足
 8月 第1回草津夏祭り「江州音頭総おどり」開催
第1回草津市こども環境会議開催
11月 淡海くさつ通り供用開始
平成14年(2002)  3月 新草津川桜の木植樹開始
 7月 新草津川の通水開始
草津市環境監査システム「ISO14001」認証取得
まちづくりセンター開館
市民交流プラザ・南草津図書館開館
グリーンプラザからすま開館
 8月 武道館開館
 9月 人権センター「ぴーぷる」開館
11月 チャレンジスポーツデー開催
12月 まちづくりフォーラム開催
平成15年(2003)  4月 渋川小学校開校
大路・矢倉幼稚園再園
 7月 全公民館に市民センターを併設
 8月 伯母川ビオパーク完成
11月 立命館大学包括協定締結
平成16年(2004)  9月 芦浦観音寺跡が国史跡指定
10月 市制50周年記念式典(ギネスに挑戦で、後日認定有り)
平成17年(2005)  3月 名神高速道路「草津田上IC」開通
老上幼稚園改築
 7月 熱中症の予防に関する条例施行
平成18年(2006) 2月 都市計画道路大江霊仙寺線の内、旧草津川部分工事開始
 4月 草津総合病院が上笠から矢橋に移転
上笠4丁目旧草津川堤防横に高層市営住宅(仮称笠縫団地)の建築始まる

松原中学校の増築工事始まる
10月 地域IT化を目指し、パイロット委員会を笠縫自治連合会に設置「笠縫ホームページ」作成に着手
平成19年(2007) 3月 1日正午「笠縫ホームページ」を公開しました
4月 都市計画道路大江霊仙寺線、旧草津川工事部分の内右岸道路の供用が開始された
6月 松原中学校管理棟新築及び関連の工事が完成し20日に確認検査が行われます
11月 「市営住宅笠縫」が完成入居始まる
天皇、皇后両陛下は「第27回全国豊かな海づくり大会」参加のため滋賀県を訪れられ11日には、草津市烏丸半島の琵琶湖博物館を見学されました
平成20年(2008) 3月 3月26日に橋川渉氏が草津市長に就任する
4月 21日に大江霊仙寺線の内、旧草津川部分工事が完了、供用が開始されました
8月 砂川大橋を撤去し平面道路化工事着工 平成22年3月22日完成予定
草津市協働まちづくり指針が策定されました
9月 市内小中学校の校内LAN構築が決定され、そのモデル校として
渋川小学校、松原中学校が選ばれて、local area network(LAN)構築が完了しました
平成21年(2009) 3月 下笠老杉神社3月31日に屋根葺き替え工事完了
4月末中門改修工事完了、5月3日お披露目
4月 笠縫市民センター(公民館)のエレベーター設置工事完了、4月4日から供用開始
5月 2月下旬 - メキシコ東部、インフルエンザのような呼吸器障害の患者を確認、日本では9日に成田空港での検疫でカナダの交流事業から帰国した高校生ら3人の新型インフルエンザ感染が初めて確認された
20日から26日の7日間、草津市内施設が一斉休業となる
9月 19日から23日の5日間笠縫小学校6年の一クラスが学級閉鎖になる
10月 くるみ保育園新築移転 31日に完成披露が行われる
県下に新型インフルエンザ警報が発令される。その後学級閉鎖相次ぐ
11月 年末に向け新型インフルエンザの流行ピークを迎える
平成22年(2010) 2月 滋賀県は1日に新型インフルエンザ警報を解除
3月 笠縫学区社会福祉協議会設立50周年を迎える
11月 大津湖南幹線砂川工区16日に供用が開始される
平成23年(2011) 3月 11日14時46分関東東北を中心に大地震が発生、大津波もおそい、合わせて福島原子力発電所の事故もあり甚大な被害が発生した
平成24年(2012) 2月 市営住宅笠縫団地2期工事が完了し、全138戸の高層マンションが完成しました
4月 笠縫幼稚園新園舎完成
21日笠縫学区まちづくり協議会総会を経て発足
平成25年(2013) 4月 8日草津市学校給食センターが竣工、12日から業務開始
平成27年(2015) 4月 草津西消防署・草津市コミュニティ防災センター4月1日に運用を開始


参考文献
笠縫史略 片山恵潤 編
草津市史 草津市史編纂委員会
草津百年の歩み 水野全雄(草津市教育委員会)


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